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2010年10月26日 (火)

第一則・趙州狗子

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 一  趙州と犬

 趙州さまに、ひら坊がたずねた。「犬にも仏の性質がありますかね?」 趙州がいう、「無じゃ!」

 無門がいう---------禅には開祖このかたの関所があり、悟るためには行きづまらねばならぬ。関所も通らず、行きづまりもせねば、まったく草木同然のたましいだ。
 ところで、その関所とは何かというに、ただこの[無]ということ、これがこの宗の関所だ。だからその名も[禅宗無門関]通りぬけた者は、趙州に会えるばかりか、代々の祖師がたと手をとって行き、まゆ毛がくっつき、同じ目で見、おなじ耳できく。すばらしいではないか! 通ろうとするものはないか?
 三百六十の骨ぶし、八万四千の毛穴、全身をもって疑い、[無]の意味を知れ、よるひるひきしめて、[虚無]にも落ちいらず、[有無]にもかかわるな。焼けた鉄のたまをのんだようなぐあいに、はき出すこともならず、これまでの無分別をとろかし、だんだん練れてくると、しぜんに内もそとも一つになる。オシが夢を見たようで、ひとには知れないが、パッと打ち出せば、えらい事になる。まるで関羽さまの刀を手に入れたようで、仏も開祖も、みんななで斬りにし、生も死もないまったくの自由、どこにどう生きるにせよノンビリしたもの。
 だが、どうしてひきしめるのか?いつも張りきって、[無]というものを持て。油断がなければ、お燈明のようにパッとつくのだ。

 歌に---------
    犬も仏も、
    これこの通り。
    「有無」をいうたら、
    ほろびるいのち。

---------- 思い出すこと ----------

     ブルースリーの強さ

 新橋の映画館でブルースリーの「ドラゴン怒りの鉄拳」だったかを見たとき、すごい!と思い、ああこの人が死ぬのは無理ないなと思いました。あれだけ自分を表現しつくして、思いきり燃焼し切った状態で生きていれば、死ぬし、本人も死んでもしょうがないと思っていたのではないかとさえ思われます。
 もちろん本人は死ぬのは嫌だったろうけど、なんだか’死’に向かって突進していたような生き方をしています。その他でそう思ったのは、尾崎豊の横浜アリーナでのライブのビデオを見たときと、最近ではマイケルジャクソンの「THIS IS IT」を見たときでした。いずれも「これは死ぬなあ!」と思いました(死んだあとにそう考えたのですから割引して考える必要があることは認めます)。

 その後、ブルースリーに興味をもち、彼の映画もテレビで殆ど見ましたがふと本当にかれは格闘家として強かったのだろうかと、いろいろ調べ始めました。ハリウッドで中国武術の道場を開いていたのだからある程度は強かったらしいが、本当のところはどうなのだろうと考えたわけです。
 私の結論は多分、あまり強くなかったのではないかということです。
 以前、ある若い独自に武道を追求している人に会った時、”武道とはなんでも良いから勝つことが目的”と言っていました。そして人間の行動を分析するため老人の歩き方とか女性の歩き方とかやって見せていたのですが、そのカッコウは決して格好の良いものではなく、見ていた女子学生達の失笑をかっていました。本当に強いということとカッコウが良いということは必ずしも比例しないのだと思います。
 ブルースリーの追求したのは、武道の流れるような動きにともなう序破急の美しささだったと思います。
 あまり、格闘に役にたちそうにないヌンチャクを(フィリピンから?)すぐ取り入れたりするのも、いわゆる映画のタテとして有効と考えたからでしょう。映画での動きもあきらかに殺陣(タテ)に従ったものです。喧嘩は強かったかもしれませんが、彼がアメリカで道場を開いても長続きしなかったのは結局武道家として強くなかったからではないかと私は考えます。
 以下に彼の強さに対してかなり正確な評価をしているサイトがありますす。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1424107.html
 そこにどんな格闘競技でも、目突き、金けり、噛み付きが入ったらそちらの方が強いと有りますから、実戦というものはまことにカッコウの良いものではありません。

 しかし、だからといってブルースリーの追求したものの高い価値についての評価が小さくなるものではありません。彼はもの凄いものを追求しそして成功して、世界中の武道家を含む万人に大きな影響を与え、死んだのです。
 ところで、ブルースリーは死んだのでしょうか、生きたのでしょうか。
 その答えが、この公案の答えにつながるのかも知れません。

 
 

A15g001_4 解説

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コメント

かのヒクソングレイシーはブルースリーから多大な影響を受け、彼の強さを褒め称えていました。

投稿: 悟り萌え~ | 2012年9月16日 (日) 13時16分

ある格闘技団体の福岡支部のサイトに次のように書いてあった。
ブルースリーを祖師と呼ぶ団体の意見なので、相当信頼性の高い情報と思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/bewater/diary/200908170000/
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アメリカのヒクソン・グレイシー柔術アカデミーに行ってた時のこと。
ある日、弟子の一人が言った。

「ブルース・リーは強いのか?どう思う?」
ヒクソン曰く「彼は、すばらしい哲学者だ。もちろん強い。彼のジークンドーは最高だ。」
と、とにかくほめまくり。それだけ研究しているのがわかる。

弟子「じゃあ、ヒクソンとブルース・リーが戦ったら?」
ヒクソンがこっちを指差し聞いた。
「お前は何kgだ?」
俺「?…55kgです。」
ヒクソン「ブルース・リーは確かに強いけど、体重はこいつくらいしかないんだ。ハッハッハ!」
(ブルース・リー師祖の体重は、約56~65kg)
ブルースは軽いから俺が勝つ!みたいなニュアンスだったが、勝つとは言わなかった。しかもこの会話は着替えながらやっていたので、着替え終わったら皆帰ってしまった。
間近で見たヒクソンの大胸筋はものすごかった。半ケツピチピチブリーフ(色は黒)もすごかった。

確か、何かのビデオでヒクソンがブルース・リー師祖を褒めていたのを見たことがある。もし戦ったら?というインタビュアーのセリフには、俺が勝つ!」と自信満々だった。

投稿: kuutame | 2012年9月20日 (木) 09時42分

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