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2010年9月20日 (月)

第四十則・[蹴]倒淨瓶

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    無門関第四十則・[蹴]倒淨瓶

 [為]山和尚、始メ百丈ノ會中ニ在ッテ典座ニ充ス。百丈將ニ大[為]ノ主人ヲ選バントス。乃チ請ジテ首座ト同ジク衆ニ對シテ下語シテ、出格ノ者ハ往クベシト。百丈遂ニ淨瓶ヲ拈ジテ、地上ニ置イテ、問ヲ設ケテ云ク、喚ンデ淨瓶ト作スコトヲ得ざれ、汝喚ンデ甚麼トカ作サン。首座乃チ云ク、喚ンデ木[杭]ト作スベカラザルナリ。百丈却ッテ山ニ問フ。山乃チ淨瓶ヲ[蹴]倒シテ去ル。百丈笑ッテ云ク、第一座、山子ニ輪却セリ。因ッテ之ニ命ジテ開山ト為ス。

 無門曰、[為]山一期ノ勇、爭奈(イカン)セン百丈ノ圈[貴]ヲ跳リ出ザルコトヲ。檢點シ將チ來レバ、重キニ便リシテ輕キニ便セズ。何ガ故ゾ[斬](ニイ)。盤頭ヲ脱得シテ鐵枷ヲ擔起ス。

  頌ニ曰く
 箍籬并ニ木杓ヲ[放]下シテ、
 當陽ノ一突周遮ヲゼッス。
 百丈ノ重關[蘭](サエギ)レドモ住マラズ、
 脚尖[蹴]出シテ佛麻ノ如シ。

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    四十  水瓶けとばす
 
 [為]山さまは、はじめ百丈の寺で食事方をしていた。百丈は[為]山寺のあるじを選ぼうと、かれに一の席とともに意見を発表させ、できるほうを行かせる。
 百丈はそこで水瓶ヲ地べたにおき、問題をだす、「水瓶といっていけなけらば、おまえはなんとよぶ?」
 一の席が申した、「木ぎれたともいえますまい。」
 百丈は[為]山にきく。[為]山は水瓶をけとばして出ていく。
 百丈はニッコリし、「一の席はあの男に負けたな。」と、かれを[為]山(寺)の主にした。

  無門がいう---[為]山一生一代の元気でも、どうにも百丈のラチからとびだせない。よくしらべてみると、楽より苦労の人だ。なぜなれば?皿小鉢をすてて、鉄カセをになった。

 歌に---
    ザルやヒシャクをほおりだし、
    スックと立てば邪魔もなし。
    百丈越えもなんのその、
    足にホトケをけっとばし。

---解説---

 百丈の質問に対して、一の席(首座)は客観的に、万人が認めるような答えをします。つまり、現代の科学的といわれる客観的な認識にもとづいて、'水瓶'と定義できないとしたら、かといって'木ぎれ'とも定義できないはずですと答えます。
 しかし水瓶は、皆で何と呼び、万人でどう認識するかの問題の前に生活につかう水瓶なのです。[為]山はそれを言いたくて、ければ倒れる生活用具の水瓶であることを示すために、これを蹴とばしたのだと思います。    
(後略)

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