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2010年9月25日 (土)

第三十五則・倩女離魂

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    三五  お倩とぬけガラ
 
 五祖さまが坊ずにきいた。「お倩はたましいが離れたが、どっちがほんものか?

  無門がいう---もしこの点でほんとがわかれば、ぬけがらとほんものは宿と客のようなもの。そこまでわからねば、バタバタしてまわるな。急にこの身がバラバラになる時、湯に入れられたカニのテンヤワンヤとなる。そのとき「聞かなかった」というな。

 歌に---
    ならぶは雲、月、
    山・川、上下。
    ありがた、ありがた、
    二つで一つじゃ。

----------- 思い出すこと ----------

  熱中症 てどんな病気?

 暑い日が続きました(2015年8月)。盛んに熱中症に対する注意が呼びかけられていますし、NHKからは熱中症警報なるものも毎日出されています。

 しかし、不思議なのは、どんな症状かが詳しく語られることがありません。最初どんな感じがして、体温が何度になって(あるいは平温のままとしても)、どういう治療をすると、どう症状で推移するというようなことが何も語られることがないような気がします。ただ’脱水症状’だと言うだけです。
 ほんの30年くらいまでは、熱中症なんて誰も言わなかったのに、ただ暑さで倒れただけではないのでしょうか。
 脱水症状というのもどんなのか分かりませんが、それにしても、症状のもう少しくわしい解説があっていいような気がしますし、今のようにどこでも何時でも、飲み物が手に入る状態では考えにくいことだと思いますし、ボケの入ったよほどの老人でない限り脱水症状になんてならないのではないでしょうか。

 水分をこまめに取ることについても、これも30年くらい前までは、なるべく水分をとらないようにとされ、学校の運動部などでは、練習中は水を飲むことを禁止されているということも普通に聞いていました。
 老人の部類に入る筆者としては、言われるままに水分をとるにしても、結局冷たいものを飲むことになるので胃の負担になり、ダルさが増すことも少なくありません。
 最近では、やはり昔のように、できるだけ、水分をとらないでいるほうが体調がいいような気がします。
 筆者は熱中症と言われるもののうち、何%かは下記の’ひだるがき’ではないかと推測しています。

 何が本当なのでしょうか。それはともかく、マスコミは責任としてもっと具体的に熱中症の症状や、かかったときの対処法を説明すべきと思いますが。

 
 

 ひだるがき にやられた話

 休日会社に出て一人で働いていた時のこと、ソフト製作で一段落したら昼寝をし、その後に弁当を食べようと思っていました。食べたあとすぐ寝ると太るので食事は後にしようと頑張っていました。一時半ころまで、根をつめてようやく終わったので30分ほど寝て起きたのですが、食事をしたあと何か気力がなくなり、ついでに体力もなくなってフニャっとした状態になってしまいました。これは「ひだるがき」にまたやられたと思い、そこにある甘いあんこの入った菓子を食べたところ大変おいしかったのですが、どうにもならず、また毛布と寝袋を(気力、体力がないので)ようやく敷いてまた寝てしまいました。起きてしばらくすると元気がやっと出てきたのですが、私がこういう体験をするのは、3回目くらいで、初体験でなかったので一応冷静に対処することができたつもりです。

 広辞苑には以下のようなことが書いてあります。

ひだる神  ひだるがき(饑餓鬼)とも言います。峠を歩いて登ったりした時に、急に気力がまったくなくなり、体力が一時的に失せる状態になる。低血糖状態になっているので、古来より握り飯を食えばよいとされ、それによって取り付いていた餓鬼が退散するとされる。

 まったくこの通りの症状で、今回はありませんでしたが、体がほてるような感じがすることもあり’のぼせ’というのにも関連があるかも知れません。その為に昔は弁当を食べる時必ず1個おにぎりを残しておいて、この事態に供えたものであり、科学的にもこの状態で一番いい対策はとにかく糖分を補うこととされています。
 西洋医学では説明できないので、水木しげるの妖怪学を学んでおいて良かったと思いました。

 日本の医学は、西洋の医学の某辞書によっているので、そこに無い病気は無いとされてしまうようです。
 ’知恵熱’というのも日本では子供の病気としてずっと言われてきたことですが、西洋医学の辞書には載っていないらしく、最近では否定的に捉えられています。
 しかし、私がWINDOWS上で走るC(C++とかVISUAL-Cとかいう)を独学で学ぼうとしたとき、あまりの難しさに39.5℃が5回ほど出て、一日寝込むことを繰り返して家族を心配させました。一頁に10個の分からないことを調べようとすると、もたそれぞれに10個の分からないことがでてくるような状態でした。
 それでも何とかかんとか、マスターして現在に至っていますが、誰に話してもそれは’知恵熱’だと言います。水洟も咳も何も出ないで、ただ(うなされながら)寝ていれば治ってしまうのですからそれに違いありません。
 民間伝承も正しい知識として持っておくべきと思います。

 公案に戻りますと、何か魂の肉体からの分離のようなことを言っているようです。
 しかし、禅では、神秘体験というようなことは単なる錯覚として強く排斥しています。座禅中に空中に浮いた感じになることもあるようですし、幽体離脱みたいな感覚もあるようですが、すべて幻覚として片づけていて、修行にとっての障害として警戒の対象にしています。
 LSDなどの麻薬による感覚を、悟りの感覚の類似体験ではないかとする人がいますが、そんな比較は全く馬鹿げたことだと思います。

  禅の立場は簡単に言うと、心身一体論であり、心が体から出ていくようなことは考えの中にはありません。

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コメント

謹言

お ほ き み は ち よ へ に ま せ り ひ と だ ま の さ あ を こ む よ も み か さ ぬ ゑ や ま

投稿: 辻 | 2015年5月11日 (月) 02時23分

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