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2010年9月18日 (土)

第四十二則・女子出定

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     四二 女をよびさます

 シャカさまは、あるときモンジュがホトケがたの集まり場に行き、ホトケがたはそれぞれさがるのに、ただ女がひとりシャカさまのお席近くに、ジッと目をつむっているので、モンジュからシャカさまに、「なんで女がお席に近より、わたしはよれないのですか?」と申すと、おっしゃるには、「おまえこの人に気づかせ、ふだんの気もちにならせて、たずねてみなさい。」
 モンジュは女のまわりをグルグルまわり、指をピョンと鳴らし、はては空にまであがって、あの手この手とやったが、それでもよびさませない。
 シャカさまは、「たとい百人千人のモンジュでも、この女をよびさせはしまい。下の方、はるかさがって行ったところに、モウミョウボサツがおり、この女をよびさまさせるぞ。」
 とたんに、モウミョウさんが地からニョッコリ出て、シャカさまにおじぎをする。シャカさまが言いつけると、モウミョウは女の前に行き、指をピョンと鳴らすと、女はそこでふだんの気もちになった。

  無門がいう---おシャカおやじが、こうした芝居をやらかし、大げさなことだ。ところで、モンジュはホトケがたの先生だろうに、どうして女をよびさませないか? モウミョウは、低いところボサツそれがどうしてさませる? もしこの点がしっかりわかれば、因果な者でも、ドッシリと悟れる。

 歌に---
    さませた、さませぬは、
    かれらの勝手なり。
    おメンに鬼のメン、
    負けてもおなぐさみ。

------思い出すこと------

 この公案は女性に道を説くのは、男性と違う方法をとらなくてはいけないという話だと思います。

その①

  女性はすごいと思った話を2(+1)つ載せます。

 ○福田和子    かの同僚ホステスを殺して、15年間逃げ続けた福田和子は、警察署に捕まって規則に従って最初の写真を撮るとき、腕を軽く組んでニコっと笑ったそうです。係りの警察官が’止めろよ!’といったあと撮った写真が、あの少し微笑んだ写真です。
 時効21日前の逮捕ということは、捕まろうと思って捕まったのだと思われます。逮捕に協力したおでん屋のおカミが、逮捕一週間前に会ったときに、緊張して震えた態度を彼女に指摘され、’どうしたの’と言われたと言っていました。
 彼女は刑務所で皆に大事にされながら(本人の言)、逮捕8年後に無事家族にみとられながら獄死しました(57歳でした)。

 ○野村沙千代   もう何で起訴されたか忘れましたが、裁判が結審する日、裁判長が判決を読み上げる前、「これらの事実に相違ありませんか?」と聞いたら、「無い!」と一言言ったそうです。
 彼女は罪を軽くするため弁護士の助言で100万円ほど公的な寄付をしていますが、もう、どんな応え方をしても裁判長の手元で決まっている判決を変えることはないと思って最後の不当裁判(何だったっけ?)に対する意地を見せたのだと思います。

 ○おまけ     先日の夕方テレビニュースを見ていました。旦那がスーパーで万引きして、奥さんが土下座してあやまっているシーンから始まっていました(万引きして土下座するというのは定番で、この奥さん自身相当の修羅場経験者であることを示しています)。
 そして、その万引きした商品を買い取る段になったら、その奥さんはナント、ポイントカードを出して、これが使用できるかどうかと聞いたのです。
 驚くよね。ホント

 女性というものは、その与えられた状況の少ない自由度の中で常に最大限の可能性に向かって行動するものです。

 その点、男は可愛いよねえ。
 ホリエモンは入監前にモヒカンにして、マスコミでは随分騒いでいたけど検察か刑務所の係官に”大勢の中でわかりやすくて助かったよ”と誉められたそうです(Twitterから)。男は権力の周囲でせいいっぱいのことをやってるにすぎません。みんな権力機構の一部に組み込まれていて、なんとか毎日それに合わるのが一生懸命で、ほんの少しのバリエーションだけでやっと生きているのですから。

 その②

 この公案は、どちらかといえば女性を男性より少し下に見ていると思われます。そして残念ながら、私もその考えにある程度同意していて、文化的な能力において、女性は男性よりかなり落ちると実際に思ってます。
 しかし、ある分野ではそれが逆転し、女性が男性を圧倒しています。
 それは絵画の分野です。
 現在、高名な男性の画家を3人あげろと言えば、平山郁夫、東山魁夷、加山又造でしょう。また同じく女性の画家と言えば、小倉遊亀、片岡球子、三岸節子ということになり、この6人の画家の合同の展覧会も催されています。
 しかし、私が考えるに、小倉、片岡の絵と比較して、平山と東山の絵はレベルが二段階くらいガクンと落ちるような気がします。男性の絵として冒険がないというか、’俗’いと思います。この意見に対して、特に東山についてはファンも多く異論がある多く出ると思いますが、私は山に囲まれた湖までは良いが、そこに白馬を書くのは許せない気がします(少女趣味だ!)。
 葛飾北斎ではないけど’絵は人を驚かしてナンボ’だと思います。小倉、片岡の絵を見ていると’アッ’’アッ’と驚きます(特に片岡の絵は奇抜さを追求しているようにも見えます)。平山、東山の絵には全くそういうところがありません。加山又造の絵はこの2人よりもっと’俗’いと思います。
 近代に目を移せば、日本画の女流作家として上村松園が横山大観や、鏑木清方などのなかで堂々とタメを張っていますし、そのほか、美人画の池田蕉園や島成園がいて、31歳で急逝した蕉園を除いて多くの女流画家が近年まで活躍していました。
 
 世界史上、こんなに沢山の女性が文化のある分野で活躍したことがあるでしょうか。こういう状況は日本という文化風土が生んだ天下の奇観とさえ言えるものです。このことは日本文化にとって大いに誇るべきことと思います。簡単に「日本は女性蔑視の国です」などとはいえないと思います。

 その③

 私の家内は、掃除や料理などの家事に熱心なのは良いのですが、何かと私に向かってどなるのです。
 全く意味不明のことが多く、ほとんど無視を決め込んでいますが、食べるとき’パンを床にこぼすな’とかどうでも良いようなことばかりです。どこか彼女の’人格という箱’の釘が何本か抜けているのではないかと思うくらいです。
 
 あるセレブと思われる家で「私の家内は、釘が2,3本抜けていて、いつか壊れてしまうのではないかと心配しています」と言ったところ、そこの奥様が、「女というものは誰でも、歳を取れば壊れてしまうものです」とアドバイスされたのには驚いてしまいました。
 男は一般社会の中で何とか自分の位置を決め、正常を保っていますが、女は少しオーバーにいえば10人程度の大変狭い社会の中だけで、自分を確立し長年、生き続けることになるので大きな周囲の変化による自分の世界の変化について行けず壊れてしまうと考えられます。歳をとれば男でも女でも、その性格が極端になってゆくのは自分の周囲によく見られる現象で、そのことにもよると思われます。

 もし読者のなかに自分の女房が壊れているのではないかと思う方がありましたら、ご安心ください。某セレブ女史によれば”女は誰でも歳を取れば壊れてしまうものなのだ”、ということです。

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